葬儀社の私がブログを始めた理由

エッセイ

数あるブログの中から、このページを開いてくださり本当にありがとうございます。

私は今、首都圏の葬儀社で働いている27歳です。 この仕事を始めて、早いもので丸5年が経ちました。4月からは、6年目を迎えます。

5年という節目を迎えた今、自分自身の備忘録として、あるいは、これからも一人の葬儀屋として生きていくためのいい機会だと思いブログを始めてみました。

「葬儀屋さん」と聞くと、皆さんはどんなイメージを浮かべるでしょうか。 皆様のご友人に葬儀屋さんはいらっしゃいますか?決して多くはないのではないでしょうか。

私の周りには、同じ仕事をしている同級生はいません。多くの人にとって葬儀は「非日常」の出来事だと思いますが、私にとっては、黒いスーツを着て式場に立つ毎日が「日常」です。

300件以上のご葬儀をお手伝いさせていただく中で、死を日常として見つめることは、良い意味でも、そして時には残酷な意味でも、僕という人間に大きな影響を与えてくれました。

「なんで葬儀社に?」という問いへの答え

よく聞かれる質問があります。 「なんでまた、20代で葬儀社に就職したの?」

実は、そこまで深い動機があったわけではありません(笑)。 就職活動をしていた頃の私は、「他者の人生の節目に立ち会いたい」という、どこか漠然とした想いを抱いていただけでした。

でも、特別な志がなかったからこそ、現場で出会う生々しい人間模様や、ご遺族が流す涙の温かさに、真っさらな気持ちで向き合ってこれたのだと感じています。

葬儀社の仕事には、昔からのイメージで「暗い」「特殊」といった偏見を持たれることもあります。けれど、実際に5年間この場所に身を置いて思うのは、葬儀屋も、そこで見送られる方も、みんな「普通の人間」なんだということです。

このブログでお伝えしたいこと

このブログでは、実際の現場で起こった出来事を綴ることもありますが、それが目的ではありません。

私が書きたいのは、葬儀という「人生の終着点」を300回以上見届けてきたからこそ気づけた、日常を豊かに、そして毎日を確かに生きるためのヒントです。

悲しい場所だからこそ見えてくる、小さな優しさや、愛おしい命の輝き。 それを、なるべく暗くならず、固くならない言葉で届けていきたいと思っています。

その他にも映画や小説の感想や、葬儀一般に関する知識・マナー。20代の視点から考える終活。といったテーマでお話をできればと思います。

私自身、家に帰れば大切な配偶者がいて、明日の献立を悩み、趣味のゲームを楽しむ、どこにでもいる20代の男です。そんな僕の等身大の視点を通して、葬儀という仕事の「本当の魅力」も知っていただけたら嬉しいです。

最後に

葬儀は、決して後ろ向きなだけのものではありません。 そこには必ず、誰かが一生懸命に生きた証があり、遺された人の深い愛があります。

このブログが、読んでくださる皆様にとって、今日という一日を少しだけ優しく、大切に思えるきっかけになれば幸いです。

これから、どうぞよろしくお願いします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました